
今日は2021年5月18日にリリースされた、BUMP OF CHICKENの新曲『なないろ』の歌詞の解釈を書いてみます。
こうだ!って決めつけるものではないです
どういう意図でつづられたのかは、メンバーしかわかりません。
あくまで僕が「こういうことかなぁ?」と思ったことを書いていくだけなので、「そういう解釈もある」程度でお楽しみいただければ幸いです。
その前に素敵なMVはこちらです。
曲のみ再生したい場合はこちらのリンクからどうぞ。→『なないろ』
『なないろ』の歌詞
闇雲にでも信じたよ きちんと前に進んでいるって
よく晴れた朝には時々 一人ぼっちにされちゃうからヤジロベエみたいな正しさだ
今この景色の全てが 笑ってくれるわけじゃないけど
それでもいい これは僕の旅
昨夜の雨の事なんか 覚えていないようなお日様を
昨夜出来た水たまりが 映して キラキラ キラキラ
息をしている高く遠く広すぎる空の下 おはよう 僕は昨日からやってきたよ
失くせない記憶は傘のように 鞄の中で出番を待つ手探りで今日を歩く今日の僕が あの日見た虹を探すこの道を
疑ってしまう時は 教えるよ
あの時の心の色
胸の奥 君がいる場所 ここでしか会えない瞳
ずっと変わらないままだから ほっとしたり たまに目を逸らしたり思い出すと寂しいけど 思い出せないと寂しい事
忘れない事しか出来ない 夜を越えて 続く僕の旅治らない古い傷は 無かったかのように隠す お日様が
昼間の星と同じだね 本当は キラキラ キラキラ
この街中に歯磨きして顔洗って着替えたら いつもと同じ足で出かけようぜ
相変わらずの猫背でもいいよ 僕が僕を笑えるから涙の砂 散らばる銀河の中 疲れた靴でどこまでだっていける
躓いて転んだ時は 教えるよ
起き方を知っている事
乾いて消える水たまりが それでも キラキラ キラキラ
青く揺れる高く遠く広すぎる空の下 おはよう 僕は昨日からやってきたよ
失くせない記憶も傘のように 鞄の中で明日へ向かう手探りで今日を歩く今日の僕が あの日見た虹を探す今日の僕を
疑ってしまう時は 教えるよ あの時の心の色いつか また会うよ 戻れないあの日の 七色
『ポップなメロディーとトランペットが印象的だな~』と思いました。
朝ドラ『おかえりモネ』の主題歌でもあるからか、朝に聴いても元気がもらえそうな明るい曲!という感じでしょうか。
しかし、BUMPの曲は明るい曲調のときにこそ、切ない内容を歌っていることも多いです。(個人の見解ですが(笑))
たとえば、「ray」、「トーチ」、「宝石になった日」とかが当てはまると思っています。
そんなことを考えながら、歌詞を読みつつ、ずっとリピートで聴いていました。
全体的な解釈
まず、『なないろ』は、全体的にどういうことを言っているのか?を考えてみました。
僕の解釈としては
かなむの解釈
タイトルの『なないろ』=「七色」=「心の色」=「感情」。
喜怒哀楽が全部ごちゃまぜになった(というか、全部ある)状態のこと。
歌詞中の『僕の旅』=「僕の人生」と考えて、「忘れられない、(悲しい・辛い?)過去と、その時の感情を、自分の心の支えにして生きていく。
あの感情があったから、次はもう大丈夫だ。」
ってことかなぁ~と思っています。

『よく晴れた朝』に『一人ぼっちにされちゃう』のはなぜだろう・・・
『闇雲にでも信じたよ きちんと前に進んでいるって
よく晴れた朝には時々 一人ぼっちにされちゃうから』
後に出てくる『あの時』(なんかあったとき)から頑張って進んではみたけれど、『前に』進めていることは『闇雲にでも信じ』ているだけみたいですね。
理由は、『よく晴れた朝』に『一人ぼっちにされちゃう』からです。
なぜ???
快晴の日って、なんだか元気になりますよね。
漫画やドラマでも「なんか今日はいい日になりそう!」みたいなときは、大体晴れです。
なんか、超快晴の日って、なんでもできそうな気がしません?
休みの日に朝早起きして、めっちゃ晴れてたときって、無敵になれる気がします。
逆に、仕事の日に超晴れてたりすると

ってなります。月曜とか最悪です。
よく晴れた朝は、世界が希望にあふれているように感じます。
そんな中、もし、何か問題を抱えていたらどうでしょう。
僕はたぶん、自分だけ世界から置いてきぼりにされた感じがします。
だから、それが『一人ぼっち』の正体なのかな?と思ってます。
『闇雲にでも信じたよ きちんと前に進んでいるって
よく晴れた朝には時々 一人ぼっちにされちゃうから』
⇒ 解釈
「『あの時』から進んではみたけれど、 世界がこんなにも希望にあふれている中で、自分だけ取り残された感じがする。
ちゃんと成長・前進できているのか?と不安になるけど、何とかして信じることしかできない」
『ヤジロベエみたいな正しさ』って?『僕の旅』って?
『ヤジロベエみたいな正しさだ
今この景色の全てが 笑ってくれるわけじゃないけど
それでもいい これは僕の旅』
ヤジロベエって久しぶりに聞きました。

こんなやつ 出典:Wikipedia
左右に揺られてバランスを取ります。
うまく釣り合ってなかなか倒れないんですよね。これ。
『ヤジロベエみたいな正しさ』とは、「倒れることはないけれど、ブレてしまう正しさ」のことなんだろうな。
芯がある強いものじゃなくて、不安定で、アンバランスで、簡単に揺らいでしまうのかな。
ブレてはいけないはずの「正しさ」がヤジロベエみたいで、矛盾してしまってる。

『今この景色の全てが 笑ってくれるわけじゃないけど』は、見える景色全てをポジティブにとらえることはできないけれど、ってことかな。
『ヤジロベエみたいな正しさだ
今この景色の全てが 笑ってくれるわけじゃないけど
それでもいい これは僕の旅』
⇒ 解釈
「簡単に揺らいでしまう。「正しさ」なんて言えるのか?
見える景色のすべてを肯定することはできないけれど
それでもいい これは人生だ」
『キラキラ キラキラ』の意図
『昨夜の雨の事なんか 覚えていないようなお日様を
昨夜出来た水たまりが 映して キラキラ キラキラ
息をしている』
『雨』っていうワードは、小説とかの物語でも「心の陰り」を表現するときによく使われますよね。
『昨夜できた水たまり』は「心の陰り」によって「溜まった感情」だと考えます。
雨は涙の暗喩として使われることも多いので、ここでいう『水たまり』は「悲しみ」のことなのかな?
ここで注目したいのは
『昨夜出来た水たまり』が『お日様』を『映して キラキラ キラキラ』『息をしている』
ってことなんですよね!!
『キラキラ』は綺麗な様子
『息をしている』は生き生きとした様子 を表してると思います。
『キラキラ』を重ねているのは、「本当に本当に美しい」ってことを表現しているのかなと思っています。
『お日様』を『よく晴れた朝』と関連して「希望にあふれた世界」と解釈すると
雨(心の陰り)によってできた水たまり(悲しい感情)がお日様(世界)を本当に美しく、生き生きと見させてくれている
って言えると思うんです!!
『昨夜の雨の事なんか 覚えていないようなお日様を
昨夜出来た水たまりが 映して キラキラ キラキラ
息をしている』
⇒ 解釈
「少し前の、あの悲しかった感情が
僕を置き去りにしたはずのこの世界を
本当に、本当に美しく 生き生きとさせてくれる」
一番のサビ!『傘』の意味が深い・・・
『高く遠く広すぎる空の下 おはよう 僕は昨日からやってきたよ
失くせない記憶は傘のように 鞄の中で出番を待つ
手探りで今日を歩く今日の僕が あの日見た虹を探すこの道を
疑ってしまう時は 教えるよ
あの時の心の色』
『高く遠く広すぎる空の下』は「行く先が鮮明に見えない」ということか?と思っています。
『僕』は(雨が降った)『昨日』からやってきました。
悲しい過去を経験したってことですね。
『傘』は雨から身を守ってくれるもの。
つまり、「今後くるであろう雨(つらいこと)から身を守ってくれる」んですよね。
昨夜の雨による記憶が「傘」のように、次にくる雨から身を守るために、カバンの中に、あなたのそばに、ずっといるんだよ
ってことなのかなと!!!
『手探りで今日を歩く今日の僕が』は「答えがない人生を生きていること」で、『あの日見た虹を探すこの道を 疑ってしまうときは 教えるよ あの時の心の色』は、「今進んでいる道が正しいのかわからないときはあの時の感情を思い出して」ってことなんでしょうか。
『きちんと前に進んでいる』ってわからないし、『ヤジロベエみたいな正しさ』だから、いま進む道に不安を感じてしまいますよね。
そんなときは、『あの時の心の色』、つまり、「あの時に感じたこと」を思い出すんですよね。
辛い経験とか悲しい経験とか、そういうのを乗り越えて人って成長すると思うので、「自分の現在地を俯瞰して見るために、過去に一度立ち返る」みたいなニュアンスでしょうか。
『虹』は「ゴール」「夢」とかかなと思ったのですが、あいまいです。わからん。
でも自分が描いた「夢」(『虹』)と、あの時の感情(『七色』)が同じ、もしくは似ているとして敢えてこの表現をしているとしたら・・・・。

『高く遠く広すぎる空の下 おはよう 僕は昨日からやってきたよ
失くせない記憶は傘のように 鞄の中で出番を待つ
手探りで今日を歩く今日の僕が あの日見た虹を探すこの道を
疑ってしまう時は 教えるよ
あの時の心の色』
⇒解釈
「先が見えないけれど、僕はあの出来事を乗り越えたよ
失くせない記憶は 次に同じようなことがあっても僕を守ってくれる
わからないまま毎日を生きる僕が あの日見た夢を探すこの人生が
正しいのかわからなくなってしまった時は あの時の気持ちを思い出して」
鮮明に思い出す、でも直視できない記憶
『胸の奥 君がいる場所 ここでしか会えない瞳
ずっと変わらないままだから ほっとしたり たまに目を逸らしたり
思い出すと寂しいけど 思い出せないと寂しい事
忘れない事しか出来ない 夜を越えて 続く僕の旅』
2番の歌詞にやられることがまぁ多い僕ですが、今回もやられてしまいました。笑
『君』は特定の人物と取ることもできるし、出来事の擬人化と取ることもできそうですね。
思い出して懐かしい気持ちになることもあるけれども、まだ現実を受け入れられていないから『目を逸らし』てしまうのかな?
『思い出すと寂しいけど 思い出せないと寂しい事』
ここがとてつもなく好きです。
切ない思い出はたくさんあります。
それは思い出すたび、胸がキュッとなります。
でも、思い出せなくなると、大切な宝物を失くしたような気持ちになります。
だって、それがあって今の自分がいるのだから。
『胸の奥 君がいる場所 ここでしか会えない瞳
ずっと変わらないままだから ほっとしたり たまに目を逸らしたり
思い出すと寂しいけど 思い出せないと寂しい事
忘れない事しか出来ない 夜を越えて 続く僕の旅』
⇒解釈
「君とはもう思い出の中でしか会えないけど
ずっと変わらないままだから 安心したり でもやっぱり受け入れられていなかったり
思い出すと寂しいけど 思い出せないと寂しい事
忘れない事しかできない (眠れない?)夜を超えて 続く僕の人生」
『治らない古い傷』が街中を綺麗に輝かせる
『治らない古い傷は 無かったかのように隠す お日様が
昼間の星と同じだね 本当は キラキラ キラキラ
この街中に』
切ない思い出によって、『治らない』、忘れられないような『傷』ができました。
でもそんなことを微塵も感じさせないほどいつもの毎日を運んでくる『お日様』。
治らない傷を藤くんは綺麗なもの、美しいものとして表現しているのかもしれません。
『街中』の誰しもがそういった傷を抱えているけれど、それらはすごく綺麗だと解釈できます。
その傷は、『昼間の星と同じ』ように、見えていないけれど、確かにそこにあるんです。
街中ですれ違うお姉さんにどんな過去があるか、なんて知らないですもんね・・・
『治らない古い傷は 無かったかのように隠す お日様が
昼間の星と同じだね 本当は キラキラ キラキラ
この街中に』
⇒解釈
「思い出によってついた傷は
太陽に照らされた昼間の星と同じように
見えていないだけで 誰しもが持っている
そのどれもが美しくて 街中にあふれている」
『躓いて転んだ時』に教えてくれるのは『一人で起き上がれる』ということ
『歯磨きして顔洗って着替えたら いつもと同じ足で出かけようぜ
相変わらずの猫背でもいいよ 僕が僕を笑えるから
涙の砂 散らばる銀河の中 疲れた靴でどこまでだっていける
躓いて転んだ時は 教えるよ
起き方を知っている事』
『いつもと同じ足で』っていうのがいいよね。
これまでもその足で歩いてこれただろ?って、今までの自分を肯定してもらえたみたい。
しかも、「この先はこの曲も連れていけよ!」って言われてるみたい。
『相変わらずの猫背でもいいよ』は、背伸びせず、ありのままの自分でいいということ。
『僕が僕を笑えるから』は、自分が自分でいられるからということなのかな?
『涙の砂 散らばる銀河の中』は、『銀河』がこの先の人生、『涙の砂 散らばる』がたくさんの困難があることを示唆していて
『疲れた靴』はここまで頑張って歩いてきた証拠だと思うんです。
『躓いて転んだ時は 教えるよ 起き方を知っている事』
ここがすごく素敵だと思います。
行く先で、もしも心が折れてしまうときがあっても大丈夫。
前だって起き上がって、ここまでこれたじゃん
っていわれてるみたいに感じてならない。
『歯磨きして顔洗って着替えたら いつもと同じ足で出かけようぜ
相変わらずの猫背でもいいよ 僕が僕を笑えるから
涙の砂 散らばる銀河の中 疲れた靴でどこまでだっていける
躓いて転んだ時は 教えるよ
起き方を知っている事』
⇒ 解釈
「準備ができたらこの曲と一緒に行こうぜ ここまで歩いてこれただろ?
等身大のままでいいよ 自分が自分でいられるから
この先も困難はたくさんあるけど ここまで頑張ってきたその靴が進んでくれる
もし心が負けそうになっても大丈夫
前だって起き上がれたんだから」
『乾いて消える水たまり』がなぜ揺れるのか
『乾いて消える水たまりが それでも キラキラ キラキラ
青く揺れる』
時間が経って、少しずつ進んで、『昨夜の雨』でできた『水たまり』が乾いて消えたみたいです。
それでも、水たまりができた事実は消えません。
水たまりができたことによって生まれた心の色が、自分を自分たらしめています。
だから乾いて消えても、それでも美しく輝いているんですね。
『乾いて消える水たまりが それでも キラキラ キラキラ
青く揺れる』
⇒ 解釈
「時間が経って傷は癒えても いまも美しく輝いている」
タイトル『なないろ』が指すもの
『高く遠く広すぎる空の下 おはよう 僕は昨日からやってきたよ
失くせない記憶も傘のように 鞄の中で明日へ向かう
手探りで今日を歩く今日の僕が あの日見た虹を探す今日の僕を
疑ってしまう時は 教えるよ あの時の心の色
いつか また会うよ 戻れないあの日の 七色』
『失くせない記憶も傘のように 鞄の中で明日へ向かう』
忘れることができない記憶を携えたまま、生きていくことだと思います。
『疑ってしまう時は 教えるよ あの時の心の色』
『いつか また会うよ 戻れないあの日の 七色』
この対比によって、『あの時の心の色』が『戻れないあの日の 七色』であることがわかりました。
あの日の喜怒哀楽という感情が、『七色』として表現されています。
それがタイトルの『なないろ』につながるようです。
『高く遠く広すぎる空の下 おはよう 僕は昨日からやってきたよ
失くせない記憶も傘のように 鞄の中で明日へ向かう
手探りで今日を歩く今日の僕が あの日見た虹を探す今日の僕を
疑ってしまう時は 教えるよ あの時の心の色
いつか また会うよ 戻れないあの日の 七色』
⇒ 解釈
「先が見えないけれど、僕はあの出来事を乗り越えたよ
失くせない記憶と一緒に、これからの人生を生きていく
わからないまま毎日を生きる僕が あの日見た夢を探すこの人生が
正しいのかわからなくなってしまった時は あの時の気持ちを思い出して
いつか また感じる日が来る 戻れないあの日の気持ち」
『なないろ』の歌詞解釈まとめ
以上、僕が思う『なないろ』の歌詞解釈でした!
野暮な注釈や言い換えをしたことで、かなり稚拙な日本語になってしまいました・・・。
改めて藤くんの詞の美しさを思い知らされた気がします。
昨夜にリリースされてから、もうずっと聴いていて、早くもお気に入りの予感。
書きながら、「こうか?」「こっちか?」と、二転三転した解釈になりました。
書く前に思っていた解釈と変わった部分もあります。
BUMPの曲は聴くほどに、時が経つほどに捉え方が変わってきます。
中学生の頃と今とでは、同じ曲でも全然違う解釈になるのが不思議なところです。
これだからBUMPファンはやめられないってばよ。
『おかえりモネ』を見たあとなら、また聞こえ方が変わるかもしれませんね。
みなさんの『こんな解釈した!』とかがあれば、コメントやTwitterで教えてくれると嬉しいです(^^)/
読んでくれてありがとでした。